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愛すべき矯正医官

 更生支援事業団 代表理事 西田 博

 NHKの「クローズアップ現代 告白 がん患者の医師」を見ていて、法務省で勤務していた頃に懇意にしていただいた矯正医官(刑務所や少年院など矯正施設で勤務する医師)の先生の顔が目に浮かびました。

 それは、私が人事、予算を担当するポストだった時に、関西の大規模刑務所の医務部長をされていた医官です。晩夏だったと思いますが、その先生が体調不良で退官したい意向だとの連絡があり、事情を知りたいし、引き続き勤務していただきたいと思って、すぐに会いに行きました。お会いして話を聞くと「私は癌です。もうかなり進行しており、よくもってあと半年なのです。」と。私が「先生は医師であって専門家なんだから、ベストの方法を選択して、なんとかすればいいのではないですか。いくら休んでもかまいません、しっかり治療してください。できれば復帰もしてほしい。」と言うと、「検査結果はわかっています。データを見ると、もう手術ができる段階ではないし、自分がいつまで生きられるかもわかります。これまで、そういった患者さんをたくさん見送ってきましたから。」と淡々と静かに言われた。そして「ここのところずっと調子が良くなかったので、早く検査をすればよかったんですが、忙しくて遅くなってしまいました。」と悔いる顔も。そう言いながらも当日も出勤していて、私は、医師という職業は自らの病状の深刻さや余命が分かってしまうなんと酷なものであるかと割り切れない気持ちになったことが忘れられません。

 当時は現在の倍以上の被収容者を抱える戦後最大の超過剰収容期で、全国の刑務所等では、被収容者が所内に溢れかえっている状況でした。刑務所等においては、医師は日々の運営に必要不可欠なのですが、そういった収容状況では、体調を崩したその医務部長だけでなく、医療刑務所や医療専門施設である大規模施設で勤務されていた先生方は、かなり多忙で厳しい毎日だったはずです。職場が刑務所等という特殊なことから採用難で医官の欠員も多くて人的物的資源が慢性的に不足しており、「矯正医療(刑務所や少年院などにおける医療)の危機」とも言える状況でした。そういった万全ではない医療体制について、法務本省にいる私たちにかなり厳しいことを言われて、扱いにくいこともある先生方でしたが、強い使命感を持って懸命な勤務をされていました。私は、そういった先生方を尊敬し「戦友」のように思ってとても頼りにしていましたし、腹を割った付き合いをしていただけていたのではないかと今でも誇りに思っています。

 そういった口うるさく扱いにくい矯正医官は、医師としての使命感、医療系幹部としての責任感を強く持っておられる先生方でした。いろいろな事情で離職されたり、異動で当時と違う施設で勤務されていることもあるようですが、厳しい勤務環境で、日々の仕事に追われて体調不良でも休むことができなかった時期を共に過ごした先生方は、私にとっては、いつまでも大きな恩のある「愛すべき矯正医官」です。

 体調不良だった関西の大規模刑務所の医務部長は、その後も立派に勤務され、私がお会いした約1年後に亡くなりました。