【シリーズ特別寄稿vol.2 】医療と更生支援の関係を考える

 「矯正医療は,如何にあるべきか。」

これは,ある刑務所の矯正医官から繰り返し問い掛けられ,いまだに答えの出ない課題である。

矯正医療とは,刑務所や少年院などの矯正施設に収容されている人たちに対する保健衛生及び医療のことである。

 矯正施設の被収容者たちは,法律により行動の自由を制限され,矯正施設内での生活全般にわたって様々な制約を受けることから,自己の健康管理や疾病の治療を自身の力だけで成し遂げるのは困難である。このため,矯正施設の被収容者に対して「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずる」ことが国の責務となっており,その医療費の全額が原則として国費で賄われる。

 矯正施設からの逃走や暴動を防ぐための保安・警備力の強化に税金を使うことに反対する人はいない。受刑者や非行少年たちが二度と犯罪や非行をしないようにするため,そして犯罪被害者を増やさないために,再犯防止プログラムに税金を投入することに反対する人もあまりいないであろう。しかし,受刑者たちの医療を全て税金で賄うことについては,なかなか国民の理解が得られにくい。「犯罪をした人に自分たちの血税で手厚い医療をするのか。」,「十分な医療を受けられなかったとしても自業自得ではないか。」といった声はよく聞かれるし,私自身,貧窮していても真面目に生活している人が受けられないような医療を受刑者たちに提供することには,正直抵抗を感じてしまう。

ただ,このような感情を抑えて理性的に考えてみると,被収容者の健康の保持・回復は,被収容者の更生支援のための取組(各種教育・改善指導の実施や職業訓練など)の基盤を構築するものであるし,感染症に罹患している被収容者を適切に治療し,社会復帰後の二次感染を予防することには,公衆衛生上の意義があり,国民にとって決してマイナスになることはない。

また,世間一般の受刑者のイメージは,殺人や強盗といった凶悪犯ばかりと思われているようであるが,実際の罪名のトップ3は,窃盗,覚せい剤,詐欺であり,精神・発達障害を抱えていたり,家族に貧困等の問題が生じているなど,社会での生きづらさを背景としているケースが多い。少年院では虐待経験を有する子どもも少なくない。刑務所や少年院の職員に身体を気遣われたことが立ち直りのきっかけとなった者もいる。社会で医療や福祉に繋がっていれば,犯罪や非行にまで至らなかったかもしれない。矯正施設が,医療や福祉の手から漏れてしまった不運な人たちの最後の砦になってしまっている可能性があり,受刑者等に対する医療・福祉は,「本来社会で受けるべきであった医療・福祉を矯正施設が代わって行っている」と捉えることもできる。

 このように考えると,矯正医療も更生支援に寄与する面が大いにあるのではないかと思われる。以下,矯正医療の在り方について,私見を述べてみたい。

① 過剰でも過少でもない医療を提供すること。

先に述べた「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずる」ことは,法律で定められた国の責務であるが,これはどのようなレベルの医療であろうか。

実はこれには明文上の基準はない。医療水準は,日進月歩の医療技術の中で日々推移するものであろうし,個々具体的な病状によって適用判断は異なると考えられるからである。ただ私は,生活保護受給者が医療扶助として受けられる水準は原則として確保すべきと考えている。すなわち保険診療の範囲内である。矯正施設に収容されれば収入の道が閉ざされるわけであるから,社会との均衡を考え,生活保護受給者と同程度が,過剰でも過少でもない医療,国民からの理解を得られる水準ではないかと考える。

ただし,保険診療の範囲内であっても,臓器移植のように部外者であるドナーを必要とするような医療は,矯正施設内で行うことはできないので,このような場合は,刑の執行を停止するなどして矯正医療の枠外で行う必要がある。他方,円滑な社会復帰のために入れ墨をレーザーで除去するような治療は,現時点では保険診療の対象外であるものの,改善更生に資する面に鑑みると,矯正医療として実施する余地はあるのではないかと考えられる。

② 病状を踏まえつつ,薬の投与を抑制すること

先に述べたとおり,受刑者等の3大罪名の1つが覚せい剤取締法違反であり,他の罪名で収容されていても薬物経験のある者が相当数いる。もちろん矯正施設内で薬物を使用することはできないのだが,彼・彼女らが代替手段として求めるのが,鎮痛剤(かぜ薬を含む。)や睡眠薬,精神安定剤等の投与である。少しでも違法薬物に近い薬理作用を求めて,執拗に薬を要求してくるのである。薬代が掛からないことが,これに拍車をかけることになる。

  社会の医療であれば,少しでも患者が楽になれるようにと,要望に応じて当該薬を処方するかもしれない。しかし矯正医療はそうであってはならない。薬物依存傾向がある者については,それを改善することが薬物事犯の防止につながっていく。受刑者等の言いなりになってはならないのである。時にこのような姿勢が苦情や不服申立てに及ぶことがあり得るが,治療者は厳正な態度でこれに臨まなけばならない。それが薬物への依存を回復させ,更生を支援する医療になるのではないだろうか。なお,このような事情を理解しない一部弁護士や人権団体から,「必要な投薬がなされていない。」との批判をいただくことがあるが,薬物依存症者の家族(全国薬物依存症者家族連合会)からは,「矯正施設の中で処方薬依存にならないようにして欲しい。」との切実な声を頂いており,真に受刑者等のことを考えるならば,こういった悲痛な叫びに耳を傾けてもらいたいと思う。

③ 適切な処遇環境を維持すること

  矯正施設では,医療を自己の処遇を緩和するための手段として用いる者がいる。懲役刑として科されている刑務作業から逃れようとして腰痛を訴えたり,共同室での集団生活を嫌い,単独室への転室を企図して体調不良を訴えてきたりする。社会では,本当に疾病に罹患しない限り病院へ行くことはまずないと思われるが,矯正施設では,こういった詐病(仮病)が極めて多い。少年院では,話し相手を求めて頭痛を訴え医務室に来る者が少なくないとも聞く。矯正医療では,このような詐病を的確に見抜き,処遇や教育へ戻していくことが必要である。医療が逃げ道に使われてはならない。

  また,医療が娯楽や退屈しのぎの手段に使われることがある。例えば,色付き(遮光)レンズ眼鏡は白内障の眩しさを抑制する効果があるところ,ある受刑者がファッション性を求めて色付きレンズ眼鏡の使用を希望し,外部の眼科医師が見やすさの観点からこれを許可してしまった結果,受刑者間に「白内障と申し出れば外部の医師が色付きレンズを許可してくれる。」との噂が広がり,眼科診察のための門前市ができてしまった。矯正医療をよく理解している医師であれば,色付きレンズを使用しないと白内障の症状が早く進行するものではないし,主にファッション目的での要求であることを熟知しているので,こういった許可は出さない。被収容者に対する認識が十分でない医療の提供は,改善更生へ向かう環境を壊してしまいかねないのである。

④ 潜在的な疾病を発見すること

  詐病や不適切な医療上の申し出がある一方,被収容者には,社会において自堕落で不摂生な生活を送ってきた者が多くおり,矯正施設に収容された後も自分の健康管理に全く無頓着な者もいる。このような者は,体調不良の自覚症状があっても職員に申し出ることがないため,放っておけば,いたずらに病気を進行させてしまうことになる。ある刑務所の木工場で就業していた受刑者が,年末に刃物で指を切創してしまったが,担当職員に迷惑を掛けたくなかったとして,自分で指を紐で縛って止血したまま年末年始の数日間放置していたところ,指先が壊死してしまい,年明けになって担当職員に発見された時には当該部位を切断しなければならない事態になってしまったことがあった。

  このように,被収容者には詐病を申し出てまで診察や投薬を執拗に要求する者がいる一方で,職員が綿密に動静を視察していなければ適切な健康管理ができない者もおり,矯正医療はただ受け身でいればよいわけではないのである。

⑤ 感染症の蔓延を防止すること

  矯正施設における疾病の特徴の一つに感染症の多さがある。特に刑事施設におけるC型肝炎の有病率は,一般社会に比べて極めて高く,犯罪傾向が進んだ受刑者のC型肝炎有病率は,一般人の30倍との推計値がある。これは,C型肝炎ウイルスが血液や体液を介して感染する感染症であることから,覚せい剤等の使用に係る注射器の使い回しや不衛生な状況下での刺青等によって感染が広がっているものと考えられ,刑事施設特有の傾向である。C型肝炎の治療は,従来インターフェロン投与が主であったが,数年前に劇的に効果がある内服薬が開発された。この内服薬は保険適用となっているが,1人当たり約400万円も掛かる治療であり,矯正医療予算を逼迫させる要因の一つとなっている。しかしながら,肝炎対策は,一般社会でも政府の重要施策となっていることから,必要な経費を確保して対応している。

また,刑事施設においては結核の罹患率も高く,一般人の約13倍とのデータがある。これは刑事施設内で結核に罹患するのではなく,社会で不衛生な環境で生活していたり,十分な栄養を摂らずに免疫力が低下するなどして感染していたものが,刑事施設に入所後に発見されるのである。受刑者は,結核のハイリスク群とも称されている。結核の感染力は強いことから,矯正施設のような塀の中の密閉空間では集団感染を惹起するおそれがあり,早期発見・早期治療に努め,治療途中で釈放される者については,保健所等と有機的な連携を図り,結核の蔓延を防止しなければならない。

⑥ フレイル対策,ロコモティブシンドローム対策

  フレイルとは,老化に伴い身体の予備能が低下し,健康障害を起こしやすくなった状態,すなわち,健常な状態と要介護の状態の中間的な状態である。また,ロコモティブシンドロームとは,骨,関節,筋肉などの運動器の衰えにより,立つ・歩行するといった移動機能の低下を来している状態である。

  刑事施設における高齢化は,毎年右肩上がりに推移しており,フレイルやロコモティブシンドロームへの対策が不可欠になっている。受刑者の円滑な社会復帰のためには,社会における「居場所」と「出番」が必要であり,引受先や就職先を確保しやすくするためにも,受刑者在所中における運動機能の維持・向上が大きな課題となる。

  既に高齢受刑者を一定数抱える刑事施設においては,健康運動指導士を配置して,高齢受刑者の運動機能の維持・向上に取り組んでいるところであるが,高齢受刑者を自立できる状態で出所させることは,我が国の医療費や介護保険費用の抑制に資するほか,もし就労にまで繋がれば,善良な納税者となって「税金を使う側」から「税金を納める側」に転換できることになる。刑事施設内におけるコストはやや増加するかもしれないが,結果としてそれ以上の社会保障費の抑制に繋がるフレイル対策・ロコモティブシンドローム対策は,今後一層推進すべきものと考える。

 以上,医療と更生支援の関係について,思いつくままに考察してみた。西田博・高橋光彦著『社会に開かれた刑務所とは』(更生支援事業団,2019)でも書かれているように,昨今の矯正の社会へ向けた発信力は飛躍的に増大し,地域や企業の御理解や御支援も多く頂けるようになった。しかしながら矯正医療の分野はまだまだ遅れているのではないかと感じている。例えば,矯正施設内だけでは被収容者の治療や検査が出来ない場合には外部の病院に通院させたり入院させたりしなければならないが,被収容者であることだけを理由として通院や入院を断られることは少なくない。ある刑事施設では,何とか入院させてもらえたものの,患者である受刑者の介護をしていた刑務官が,病院職員から「税金泥棒」と陰口を叩かれたとの話も耳にしている。病院長や医師には何とか理解してもらえても,看護師や事務員たちには理解してもらえていなかったのである。

 矯正施設の中は,社会の縮図であり,今後,塀の中はますます高齢化が進み,それに伴って医療ニーズも増大していくことは間違いない。矯正施設内だけで対応することは困難であり,矯正医療も「社会に開かれて」いく必要がある。矯正医療を国民に理解してもらい,支えてもらうために,もっともっと情報を発信していく努力が求められる。

更生支援事業団にも,矯正医療に対するお力添えをいただければ幸甚である。

高松矯正管区第一部長 西岡 慎介